ついに切れてしまった糸は、果たして再び繋がるのだろうか
2017/02/12
「今の気分にピッタリだな!」
スクムヴィットロードをバイクで走行中、前を走っていたソンテウから大音量で流れてくるタイ語板「蛍の光」を聴きつつそう思う。
時と場所を問わずよく耳にするそのメロディーはいつもいつも幾許かの哀愁と切なさを伴って胸に響くけれど、今日は何だか特別だ。そしてすぐ後に「恋(愛)しさと切なさと心強さと」という篠原涼子嬢の曲が頭の中で流れる。もう二十年も前に流行ったJ-POPである。
あれほど愛したこの国を心底イヤになったことは今までにも何度かあって、ちょっと思い返しただけでもすぐに三つや四つのシーンは思い浮かぶ。
信用していたタイガールに実にアッサリと裏切られた時、フツーにバイクで走っていていきなり肩を掴まれ引倒され怪我をした時、大事にしていたヘルメットを盗まれた時、などなどなど。例えキッカケは小さな出来事だとしても、心に積もり積もったわだかまりが噴出すれば何もかもがイヤになってしまうのは男女関係でもおそらく同じだろう。
ただ、振り返ってみれば結局こーして未だにタイに住んでいるワケで、気付いてみればもう七年以上になる。だから今回だってきっとどこかで気持ちを収めるに違いない。
心の片隅ではなんとな〜くそんな風に思いながらも、現状では別れる気満々だ。
今回、コンドミニアムを購入してから受け渡しまでの流れ、及び受け渡しから引っ越し、その後の家具工事に至る一連のやり取りで完全に愛想が尽きたのは、関わった人物全員に共通するある種の気質が基となるであろうその態度言動行動なのだった。
おそらくは自分もそれに近い部分があり、愛した理由もそこが大きいだろうが故、限度を超えると収拾がつかなくなる。可愛さ余って憎さ百倍といったところか。
例えばタクシーの運転手がメーターを余分に進める為にわざと大廻りをしているように感じて、たかが数十バーツのことでいちいち腹を立てる旅行者と一緒だ。
もちろん来たばかりの頃は自分もそうだったが、すぐにそれが無駄なことだと分かり寛大な気持ちになる。食堂でオーダーした料理が届かなかったり、勘定を頼んだ後いつまで経っても来ない件に目くじらを立てたところで仕方がないのだ。
しかし、今回は払った金額が少しばかり大きいだけにその分ショックもデカくジワジワと利いてきている。
たかが五百万円足らずのコンドミニアムを買ったくらいで何故そんな細かいことにいちいちムカつくのか。
正直自分でもそう思うけれど、今ひとつ理由がハッキリしない。
おそらく住居というモノが生活の根幹に関わるからではないか。
カーテンがなく朝日を浴びて目覚めたりトイレの水が漏れたり塗装が剝げてきたり白い壁に汚れた手垢をつけられたり余分な穴を開けられたりTVが観られなかったりwifiが繋がらなかったり、いつまで経っても新居でマトモな生活ができないのがここまでツラいとは予想していなかった。とにかく、何かを頼んでもいつまで経っても完了せず、かと言ってすぐにできれば間違えて、では自分でできる類いかと言えばそーでもなく、それでいて費用はしっかり掛かる。
ちなみに、キッチンとクローゼットの工事に入って今日で三日目だが、最初四人だった職人が遂に今日の最後はたった一人になった。工事中はソファーが置けず寝る以外何もできないし、このままではいつ完成するのかまったく不明。いい加減に作業されるよりはマシだろうと考えて「慌てなくてもゆっくりでいいからね。時間はたっぷりある」などと言ったのが間違いだったか。ゆっくりでいい、とは伝えたが現場を離れてサボっていいなどとといったつもりはないのに……。
「もうどーでもいい!全部貴様らの好きにすればいい!!」と、気持ちがプッツリと音を立てて切れたのはいつのことだったか。
今日の朝、セールスオフィスに出向いた私はこう言った。
「やっぱりここではとても生活などできないから一ヶ月ニッポンに戻ることにした。だからwifiの契約はキャンセルだ。電話工事もTVのケーブルも全然急がなくていいよ」
捨て台詞のつもりだったけれど、それを受けたオカマちゃんのPー嬢はこともあろうに「コップンカー」と答えた。
何をどう解釈すれば
「ありがとう」となるのだ?まったくもって意味不明である。
来年の一月半ば、タイに再び戻って来た暁にもし電話回線が通じていないようなことでもあれば、おそらく私は完全に正気を失うだろう。
と、このようにしてすっかり心がズタズタになったワケだが、たまたま安物のコンドミニアムで弱小ディヴェロッパーが相手だったからかというとそれはどーだろうか。ひょっとして、大手ディヴェロッパーでも似たような現象が起き得るのではあるまいか。
もし仮に一千万円二千万円の物件を購入していたとしたら、私の怒りはどれほどだったであろう。いや、おそらく金額ではない。心に余裕を持ってドーンとしていられるかどうかの違いだ。
そもそも、私のように細かいことをいちいち気にして一喜一憂するようなタイプの人間がタイで大きな買い物をしてはいけないのだ。
ここに断言しよう。この国で二度と
コンドミニアムなど買うものか!と。
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