さよなら西ノ島
2017/11/19
中学二年生の時にお祭りのアルバイトをして以来本当に様々な仕事をして来た。喫茶店パブディスコ他学生時代は飲食関係が主だったけど、イヴェントの設営なんかもやったな。結婚相手は某カラオケパブでアルバイト中にナンパした同い年のコだった。
社会に出てからはアパレルの販売員→保険代理店営業→不動産業と、若い頃はずっと勤め人だったから社交辞令とか世渡りとか一通りは学んだしそれなりに身に付けてもいたはずだ。
その後独立してモデルタレント業界やイヴェントなどに関わる仕事の後飲食業に転身し接客を憶えた。しかし、今となって振り返るとどんな仕事が向いていたのか、いわゆる「天職」のようなモノに巡り合ったかどうかはまったくもって謎である。
総じて言えば楽しかったことは間違いない。どんな仕事でも、自分なりに目標を定めて一応チャレンジはしてきた。最終的にそれらをキッチリクリアしたことは一度もなく失敗挫折の連続であったとしても、働き始めたばかりのある時期を除けば「仕事がイヤだなあ」と心底思った覚えもない。
確かにまとまったお金も、コレといった業績もまったく残らなかったけれど、ただ収入を得る為だけにやりたくないことを仕事に選びはしなかった。
「収入はデカいがつまらない」「楽しいが収入は少ない」だったら間違いなく後者を選んできたし、それはこれからも同じだ。
明日からまた仕事を探すことになるが、果たしてどーなることやら。
先月末でいよいよ離島に別れを告げた。
簡単に言ってしまえば、寒さと煩わしさから逃げ出したワケだ。言い訳はしない。私は本当に根性なしの弱い人間なのだ。
当初の予定とは少し狂ったけれど、それなりにやった感はある。「新工場の立ち上げの手伝い」という意味ではある程度お役に立てたと思う。
ただ、島の人達にやや期待させてしまったのはマズかったかもしれない。長い間に擦り込まれた社交辞令と世渡り術で調子良いことを吹聴し続けたのは確かだ。しかし、現実問題それをせずにどうやって間を保たせることができたのだろう。
結果、送別会を開いていただき、最終日には皆さんでフェリーまで見送りに来てもらってテープカット。そんな経験は初めてだった。「前途を祝して」という意味で島を去って行く人に対する儀礼としての慣習だと聞くが、にしてもである。
正直そーいうのはメチャメチャ苦手だし、勘弁してよ〜。と、本気で思う。
一方で、本当にありがたい話だなあ、とも。
たかだか四ヶ月一緒に仕事をして来たというだけなのに。しかも、これからという大事な時に去って行くのにそんな風にしてもらうのはヒジョーに心苦しい。
「いつかまた戻って来てね」というセリフのすぐ後に「まあ戻ってこないことは分かっているけれど」と、何人かに言われた。
参ったなあもう。心の中をすっかり見透かされてしまっているではないか。
で、島から出るフェリーで偶然一緒になったお客様がいた。
オープンしてすぐに新車を購入していただいた、従業員の女性の知り合いで私より少し年上の未亡人。ご主人に先立たれた女性をバツイチをもじって「ボツ(没)イチ」と呼ぶのだそうだが、スタッフ女性もやはり早くに旦那様を亡くされており、未亡人同士で一緒に食事に出掛けたりする「ボツイチ仲間」と言っていた。悲哀と自虐を逆手にとったのだとすればそんなに悪くない言葉だと思う。他人から言われるのではなく自分達で言うのならばだが。
事務所で何度かお会いしていたし「ボツイチ会」に出掛ける場面に遭遇したこともあったという程度の面識である。
フツーに挨拶を交わし、フェリーでは別の場所に座っていた。
松江行きのバスでも一緒だったけれど、やはり席は離れて座る。いずれも後から乗った私の判断だ。
駅に着きバスを降りたところで声を掛け、並んで歩きながら少し話す。
私「今日はどちらへ?」
亡「松江に遊びに来たのよ」
私「お泊まりは?」
亡「近くのホテルよ」
私「私はこの後深夜バスでN市に帰ります」
亡「あらそうなの。気を付けてね」
彼女は私が仕事を辞めてタイに行くことを既に承知している。時間は午後七時。バスは午後九時二十分発であり、その間某「スタバ」で時間を潰そうと思っていた。お腹は空いていなかったので、バスでお菓子でも食べるつもりだった。
私「お茶でも飲みますか」
亡「いえいえ。こんなおばさんとぢゃ申し訳ないわ」
私「そんなことないですけど」
亡「……」
その後、彼女は翌日に乗るバス停で時刻を確認して用件は終了。一瞬ホテルまで送ろうかとも思ったが(余計なことかな?)と思い、別れを告げる。
駅構内の某「スタバ」で本を読みつつ人間ウォッチングで二時間ほど潰した後、長距離のバス停に行くと何と未亡人嬢がベンチに座って待っているではないか。
私「どーしたんですか?」
亡「何となく気になって見送りに来たの」
私「そんなお気遣いなさらなくても…」
亡「食事でも誘えば良かったと思ってねえ」
私「だいじょーぶですよ。一人には慣れてますから」
亡「でも、私の方が年上なんだし…」
結局、そのままベンチでバスの出発まで世間話をする。私が島に残らなかった理由や、ちょっぴりネガティヴなことも含めて。
よーするに、島が現状困ってはいない分保守的な考え方が蔓延してしまっていて、自分のような余所者にはそれが少し残念に感じた、といったような内容だ。たかが二十分でする話でもないけれど、流れ上そうなってしまった。
バスに乗り込む時、彼女は私に封筒を差し出す。
亡「少ないけど餞別だから受け取って」
私「いやいやいやいやいやいやいや。それだけは勘弁して下さい。ムリですムリです」
亡「そう言わずに」
私「でも…」
まあ、そーなったら断れず、後で開けてみたら何と五千円も入っていた。
煩わしさから一目散に逃げ出そうとしているこのいかにも中途半端な変態の腹黒い輩に餞別で五千円も!?
正直ビックリした。
どーですか皆さん。ちょっと信じられなくないですか?
ただ、実際島の人達って皆そんな感じのいい人ばかりなのである。
このエピソードでどれだけ伝わるか分からぬけれど、私が四ヶ月暮らした島の住人は皆いい人達ばかりだった。
島根県隠岐郡西ノ島町。
いろいろとありがとう。
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